1981年〜1983年(内戦は1960〜1996年)
グアテマラ内戦下のマヤ人殺害
Maya genocide in the Guatemalan civil war
経緯
グアテマラでは、1960年代初めに始まり1996年に終わった内戦のなかで、とくに1981〜83年に、国家の治安部隊と準軍事組織が、マヤ系の村々を襲い、焦土作戦で住民を殺した。標的にされたのは、ゲリラとの関係が疑われたマヤ系の村びとである。歴史解明委員会(CEH)は1999年、内戦全体の殺害・行方不明を20万人超と推計し、1981〜83年の4地域でのマヤ系集団に対する国家の行為を「ジェノサイド行為」と結論した1。2013年のリオス・モント元大統領への有罪判決は10日後に取り消され、2018年の再審判決が、軍がイシル系マヤ人に対するジェノサイドを行ったと判断した2,3。

背景:内戦と1981〜83年
グアテマラの内戦は、国軍と左翼ゲリラの武力衝突として続いた。CEHは1962年を武力衝突の始まりとし、内戦は1996年12月29日の和平合意で終わった1。その前の1954年には、アルベンス政権が打倒されている1。1978年7月から1982年3月まではルーカス・ガルシアが大統領を務め、1978〜84年に、CEHが記録した人権侵害の91%が起きた1。
このうち1981〜83年は、マヤ系の共同体への軍事作戦が集中した時期である。CEHは、虐殺と焦土作戦の半数超がこの時期に起きたとする1。1982年3月のクーデターで軍事評議会が成立し、リオス・モントがこれに加わり、同年6月に大統領となって、1983年8月の軍内部の交代まで統治した1。1981年はルーカス・ガルシア政権期にあたり、リオス・モント政権の期間とは重ならない部分がある。
CEHは、国家が繰り返し示した人種主義が、マヤ系共同体への軍事作戦の無差別さと残虐さを説明する基本的な要因だったと結論した1。
経過
内戦全体で、CEHは、軍・準軍事組織による虐殺を626件確認した1。1982年の軍の作戦計画「ビクトリア82」は、マヤ系住民を標的にした作戦の根拠のひとつとして、CEHの報告に挙げられている1。
1982年7月18日には、バハ・ベラパス県ラビナルのプラン・デ・サンチェス村で、国家の機関による虐殺が起きた。米州人権裁判所は、2004年4月29日の判決で国の責任を認めた4。
1994年6月23日のオスロ合意でCEHの設置が決まり1、1996年12月29日に和平合意が結ばれた。
被害
CEHが個別に登録した被害者は42,275人で、うち恣意的な処刑が23,671人、強制失踪が6,159人である。身元が確かな被害者の83%がマヤ系、17%がラディーノだった1。
加害の帰属について、CEHは、記録した人権侵害の93%を国家の機関と関連の準軍事組織が、3%をゲリラが行ったとした。この差は国家の抑圧の大きさを示すが、ゲリラの行為の重さを軽くするものではないとも書く1。カトリック教会の「歴史的記憶の回復プロジェクト」(REMHI)も、3人以上の集団殺害の94%を、軍・国家の準軍事組織によるものとした5。
真相究明と裁判
1998年、REMHIが報告書『グアテマラ:二度とくり返さない』をまとめた。5,465件の証言を聞き取り、被害者52,427人(14,291の出来事)を確認している5。1999年2月25日には、CEHが報告書『グアテマラ:沈黙の記憶』を提出した6。
CEHは、1981〜83年の4地域で、国家の機関がマヤ系集団に対する「ジェノサイド行為」を行ったと結論した。4地域は、北ウエウエテナンゴ(チュフ系・カンホバル系)、キチェ県のイシル地方(イシル系)とホヤバフ、サクアルパ、チチェ(キチェ系)、バハ・ベラパス県ラビナル(アチ系)である。根拠は、集団の構成員の殺害、重大な身体的・精神的危害、集団の破壊をもたらす生活条件の強制の三つと、意図の認定である1。この結論は、マヤ系の全体や、内戦の全期間・全地域について出されたものではない。
国内の裁判では、2013年5月10日、元大統領リオス・モントが、ジェノサイドと人道に対する罪で有罪とされた。1,771人のイシル系マヤ人の殺害について責任があるとされた7,2。5月20日、憲法裁判所が4月19日以降の手続きを無効として判決を取り消した(3対2)2。事実認定の当否が上級審で判断されたわけではない。
リオス・モントは2018年に死去し、再審は彼について終結した。2018年9月26日の再審の一審判決で、裁判所は、軍がイシル系マヤ人に対するジェノサイドと人道に対する罪を行ったと、全員一致で判断した。ただし、元軍情報部長のホセ・マウリシオ・ロドリゲス・サンチェスについては、2対1で無罪とした3。
死者の数をどう数えるか
グアテマラの数は、定義の違うものが並ぶ。CEHは、証言や文書で登録した個別の事例と、推計とを分けて示している。内戦全体の殺害・行方不明は20万人超という推計で、登録した被害者42,275人とは別の数である1。
REMHIは、証言で確認できた被害者を52,427人とし、うち死亡は25,123人(47.92%)とした。この被害者数には、殺害以外の被害(脅迫、拷問、拘束など)が含まれる。3人以上の集団殺害は1,090件、被害者18,424人で、共同体への全面的な攻撃や残虐行為を伴う虐殺に限ると422件である5。CEHの626件とは、数える基準が違う。
リオス・モント裁判の1,771人は、1982〜83年のイシル地方に限った認定で、全国の数ではない7。これらの数は、集計の定義が違うので、足したり、一つに決めたりしない。
記憶と論争
内戦は1960年代初めから1996年まで続き、1981〜83年はその一部である。CEHの「ジェノサイド行為」の結論も、リオス・モント事件の対象(1982〜83年のイシル地方)も、内戦全体を指すものではない1,7。
2014年5月、議会は、内戦中のジェノサイドは法的にあり得なかったとする、拘束力のない決議を採択した8。これは裁判所の判断ではない。CEHとREMHIは、虐殺が起きたことを、個別の記録で示している1,5。
死者数の諸説
| 推計した人・機関 | 推計 | 算定の根拠・数えた範囲 |
|---|---|---|
| グアテマラの国内裁判所(リオス・モント事件、2013年)7 | 1,771人 | 1982〜83年のイシル系マヤ人の殺害について、責任があると認定された人数。イシル地方に限った数で、全国の数ではない。判決は、2013年5月20日に手続き違反を理由に取り消された2。 |
| REMHI(1998年)5 | 18,424人 | 3人以上の集団殺害1,090件の被害者数。証言の聞き取りによる。94%が軍・国家の準軍事組織によるとされる。 |
| REMHI(1998年)5 | 25,123人 | 証言で確認できた被害者52,427人のうち、死亡した人数(47.92%)。 |
| CEH(歴史解明委員会)(1999年)1 | 42,275人 | 個別に登録された被害者数。うち恣意的な処刑23,671人、強制失踪6,159人。推計ではなく登録された数で、身元が確かな被害者の83%がマヤ系、17%がラディーノ。 |
| REMHI(1998年)5 | 52,427人 | 証言で確認できた被害者数(14,291の出来事)。殺害以外の被害(脅迫、拷問、拘束など)を含むため、死者の数ではない。 |
| CEH(歴史解明委員会)(1999年)1 | 20万人超 | 内戦全体(1960年代前半〜1996年)の殺害・行方不明の推計。1981〜83年に限った数ではなく、登録された被害者数とも別の数。 |
出典
- CEH, Guatemala: Memory of Silence — Conclusions and Recommendations(英語版), 1999。米国第一巡回区控訴裁判所サイトに置かれた写し https://www.ca1.uscourts.gov/sites/ca1/files/citations/Guatemala%20Memory%20of%20Silence%20Report%20of%20the%20Commission%20for%20Historical%20Clarification%20Conclusions%20and%20Recommendations.pdf(要確認)
- International Justice Monitor, "Constitutional Court Overturns Ríos Montt Conviction and Sends Trial Back to April 19", 2013年5月 https://www.ijmonitor.org/2013/05/constitutional-court-overturns-rios-montt-conviction-and-sends-trial-back-to-april-19/(確実)
- International Justice Monitor, "Court Finds Guatemalan Army Committed Genocide, but Acquits Military Intelligence Chief", 2018年9月 https://www.ijmonitor.org/2018/09/court-finds-guatemalan-army-committed-genocide-but-acquits-military-intelligence-chief/(確実)
- 米州人権裁判所「プラン・デ・サンチェス虐殺事件」(賠償の履行確認文書) https://www.corteidh.or.cr/docs/supervisiones/SCS/guatemala/mplans/masacreplansanchezc.pdf(確実)
- ODHAG(グアテマラ大司教区人権事務所), Guatemala: Nunca Más, Tomo IV「Víctimas del conflicto」, ODHAG, 1998 https://www.odhag.org.gt/wordpress/wp-content/uploads/2022/08/REMHI-TOMO-4.pdf(確実)
- United States Institute of Peace, "Truth Commission: Guatemala" https://usip.org/publications/1997/02/truth-commission-guatemala(確実)
- Amnesty International, "Guatemala: Ríos Montt trial delay is a letdown to genocide victims", 2013 https://www.amnesty.org/en/wp-content/uploads/2021/06/pre015892013en.pdf(確実)
- JURIST, "Guatemala lawmakers approve resolution denying genocide during civil war", 2014年5月 https://www.jurist.org/news/2014/05/guatemala-lawmakers-approve-resolution-denying-genocide-during-civil-war(要確認)