1941年〜1945年
ホロコースト
The Holocaust
経緯
ナチス・ドイツとその同盟国・協力者は、1933年から1945年にかけて、ヨーロッパのユダヤ人を差別し、隔離し、追放した。1941年の対ソ戦の開始を境に、占領地での銃殺と、のちに専用の殺害施設でのガス殺による、組織的な殺害へと進んだ。殺されたユダヤ人の男性・女性・子どもは、推計に幅はあるが、およそ600万人とされる。ソ連軍捕虜、ポーランド人、ロマ、障害のある人びとなども、ナチ体制のもとで大量に殺された1。

背景
1938年11月9日から10日の「水晶の夜」では、ドイツ、オーストリア、ズデーテンで1,400か所を超えるシナゴーグが焼かれ、約26,000人のユダヤ人男性が収容所に送られた2。
1940年10月から11月にかけて、ワルシャワにゲットーが設けられて封鎖され、最大で40万人を超える人びとが押し込められた3。迫害の始まりと、組織的な殺害の始まりは分けて書く必要がある。後者は1941年からとされる。
経過
1941年6月、対ソ戦の開始とともに、アインザッツグルッペンによる銃殺が大規模になった。最初の9か月で50万人を超える人びと(大半がユダヤ人)が撃たれた4。9月29日から30日には、キーウ郊外のバビ・ヤールで、親衛隊・警察部隊が2日間でユダヤ人33,771人を殺したと、アインザッツグルッペ本部への報告にある5。12月8日、ヘウムノでガス・トラックによる殺害が始まった。最初は、前日にコウォの町から着いた約700人だった6。
1942年1月20日のヴァンゼー会議で、ハイドリヒは、ヨーロッパ全域のユダヤ人(約1,100万人と見積もられた)に関する「最終解決」の実施を、関係省庁に伝えた7。同じ年の7月下旬から9月には、ワルシャワのゲットーから約26万5千人がトレブリンカに移送された3,8。
抵抗もあった。1943年4月19日にワルシャワ・ゲットーで蜂起が起き、5月16日までに鎮圧された3。8月2日にはトレブリンカで収容者が蜂起し、300人を超える人が脱出したが、その多くはのちに捕らえられて殺された8。1945年1月27日、ソ連軍がアウシュヴィッツを解放した。生存者は約7,000人だった9。
被害
USHMMの推計では、殺されたユダヤ人約600万人のうち、殺害施設で約270万、銃殺などで約200万、ゲットー・労働収容所・強制収容所で80万〜100万、そのほかで25万以上とされる。施設ごとの数は、ヘウムノで152,000以上、ベウジェツで約435,000、ソビボルで167,000以上、トレブリンカIIで約925,000、アウシュヴィッツで約100万である(いずれもユダヤ人)1。
アウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館は、アウシュヴィッツ収容所群に約130万人が送られ、約110万人が死亡したとする。死者の内訳は、ユダヤ人約100万、ポーランド人7万〜7万5千、ロマ・シンティ約2万1千、ソ連軍捕虜約1万5千である10。
被害を受けたのはユダヤ人だけではない。USHMMは、ユダヤ人以外の犠牲者として、ソ連軍捕虜約330万、ポーランド人約180万、ロマ25万以上(最大50万)、セルビア人民間人31万超、障害のある人びと25万〜30万を挙げる1。これらはユダヤ人の数とは別に数えるもので、足し合わせない。
裁きと記録
1945年11月14日から1946年10月1日まで、ニュルンベルクで国際軍事裁判(主要戦争犯罪人)が開かれた。記録は全42巻にまとめられている11。
裁判所の憲章は、第6条(c)で、民間人に対する殺人・絶滅・強制移送・迫害などを「人道に対する罪」と定め、これを訴因に含めた14。ただし判決は、開戦前(1939年以前)の迫害については、裁判所が管轄する犯罪との関連が十分に証明されていないとして、この罪とは認めなかった15。
犠牲者の名を記録する取り組みも続く。ヤド・ヴァシェムは2025年11月、記録と文書から約500万人の名を特定し、残りは約100万人だと発表したと報じられた12。これは死者数の推計ではなく、名前が分かった人の数である。
死者の数をどう数えるか
殺されたユダヤ人の総数は、約510万から600万超まで、推計者によって違う。ヤド・ヴァシェムは「約600万」と説明しつつ、正確な数はないとして、500万〜600万のあいだとする。同じ資料は、ヒルバーグの約510万(初期の計算として紹介)、ベンツらの529万〜600万、ロゼットとグートマンの559万〜586万、レシチンスキーの約595万を挙げる13。
差が生まれる理由は、戦前の人口の基準、国境の変動、行方不明者を死者に入れる範囲、史料の欠落にある。USHMMは、ナチが総数を書いた文書は一つもなく、ナチ・ドイツの報告と記録、戦前と戦後の人口調査、ユダヤ人側と抵抗組織の記録などを突き合わせて約600万とする、と説明する1,13。
場所ごとの数(アウシュヴィッツ約100万など)や、ユダヤ人以外の犠牲者の数は、総数とは範囲が違うため、足し合わせることも、平均することもできない。
記憶と論争
この事件は「ホロコースト」、ヘブライ語で「ショア」とも呼ばれる13。
「ジェノサイド」の語は、ポーランド出身のユダヤ人法律家ラファエル・レムキンが、ナチ・ドイツの占領政策を念頭に作った。ホロコーストののち、国連総会は1948年12月9日にジェノサイド条約を採択した16,17。
ヨーロッパのユダヤ人の殺害がいつ決められたのかは、研究でも定まっていない。USHMMは、1941年のどこかで、ソ連侵攻とともに決められた可能性が高いとし、正確な時期は分からないとする18,7。
事件は一つの場所では語れず、ゲットー、銃殺の現場、殺害施設、強制収容所にまたがる1。
事件そのものを否定する主張があり、推計の幅を悪用する形をとることが多い。上の幅は人口調査などの方法の差から生じたもので、事件があったかどうかに関わる違いではない1,13。
死者数の諸説
| 推計した人・機関 | 推計 | 算定の根拠・数えた範囲 |
|---|---|---|
| ヤド・ヴァシェム(2016年時点のFAQ)13 | 「約600万」と説明しつつ、500万〜600万のあいだ | 戦前と戦後の人口調査の比較、ナチの部分的な移送・殺害記録にもとづく。正確な数はないとする。ユダヤ人のみ。 |
| ヒルバーグ(ヤド・ヴァシェムのFAQによる紹介)13 | 約510万 | 行政記録・移送記録の積み上げ。FAQは「初期の計算」として紹介する。ユダヤ人のみ。 |
| ベンツらの研究(ヤド・ヴァシェムのFAQによる紹介)13 | 529万〜600万 | 国・地域ごとの積み上げ。ユダヤ人のみ。 |
| ロゼットとグートマン『ホロコースト百科』(ヤド・ヴァシェムのFAQによる紹介)13 | 559万〜586万 | 人口調査と記録にもとづく。ユダヤ人のみ。 |
| レシチンスキー(ヤド・ヴァシェムのFAQによる紹介)13 | 約595万 | 人口の比較にもとづく。ユダヤ人のみ。 |
| 米国ホロコースト記念博物館(USHMM、2023年版)1 | 約600万 | ナチ・ドイツの報告と記録、戦前・戦後の人口調査、ユダヤ人側と抵抗組織の記録などを突き合わせた。ユダヤ人のみで、ヨーロッパ全域・1933〜1945年。内訳は殺害施設約270万、銃殺など約200万、ゲットー・労働収容所・強制収容所80万〜100万、ほか25万以上。 |
| ヤド・ヴァシェム(2025年11月発表、報道による)12 | 500万人の名を特定(残りは約100万人) | 記録・文書から個別に身元を特定した人数。死者数の推計ではなく、名前が分かった人数で、ユダヤ人のみ。 |
| USHMM(殺害施設ごと、2023年版)1 | ヘウムノ152,000以上/ソビボル167,000以上/ベウジェツ約435,000/トレブリンカII 約925,000/アウシュヴィッツ約100万 | 各施設の推計で、いずれもユダヤ人。施設ごとに範囲が違い、足しても総数にならない。 |
| アウシュヴィッツ・ビルケナウ国立博物館10 | 約130万人が送られ、約110万人が死亡。死者の内訳はユダヤ人約100万、ポーランド人7万〜7万5千、ロマ・シンティ約2万1千、ソ連軍捕虜約1万5千 | 移送リストと残存する記録にもとづく。アウシュヴィッツ収容所群のみで、全期間。 |
| USHMM(ユダヤ人以外、2023年版)1 | ソ連軍捕虜 約330万/ポーランド人 約180万/ロマ 25万以上(最大50万)/セルビア人民間人 31万超/障害のある人びと 25万〜30万 | ユダヤ人以外の犠牲者で、ユダヤ人の数とは別に数える。足し合わせない。 |
出典
- USHMM, "How Many People did the Nazis Murder?" Holocaust Encyclopedia(最終更新2023年9月26日) https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/documenting-numbers-of-victims-of-the-holocaust-and-nazi-persecution(確実)
- USHMM, "Kristallnacht," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/kristallnacht(確実)
- USHMM, "Warsaw," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/warsaw(確実)
- USHMM, "Einsatzgruppen," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/einsatzgruppen(確実)
- USHMM, "Babyn Yar," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/babi-yar(確実)
- USHMM, "Chelmno," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/chelmno(確実)
- USHMM, "Wannsee Conference and the 'Final Solution'," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/wannsee-conference-and-the-final-solution(確実)
- USHMM, "Treblinka," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/treblinka(確実)
- USHMM, "Auschwitz," Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/auschwitz(確実)
- Auschwitz-Birkenau State Museum, "Overall numbers by ethnicity or category of deportee" https://www.auschwitz.org/en/history/the-number-of-victims/overall-numbers-by-ethnicity-or-category-of-deportee/(確実)
- Trial of the Major War Criminals before the International Military Tribunal, Nuremberg, 14 November 1945 – 1 October 1946, 全42巻, Nuremberg, 1947-1949 https://biotech.law.lsu.edu/Books/blue/index.htm(確実)
- "Yad Vashem says it has identified 5 million Holocaust victims," J. The Jewish News of Northern California, 3 November 2025 https://jweekly.com/2025/11/03/yad-vashem-says-it-has-identified-5-million-holocaust-victims/(要確認)
- Yad Vashem, Frequently Asked Questions(国連ホロコースト・アウトリーチ資料。2016年時点の保存版) https://webarchive.unesco.org/web/20160804181041/http:/www.un.org/en/holocaustremembrance/EM/partners materials/FAQ Holocaust EN Yad Vashem.pdf(要確認)
- Charter of the International Military Tribunal(1945年8月8日、ロンドン協定の付属)第6条(c) https://avalon.law.yale.edu/imt/imtconst.asp(確実)
- International Military Tribunal, Judgment, "The Law Relating to War Crimes and Crimes Against Humanity" https://avalon.law.yale.edu/imt/judlawre.asp(確実)
- USHMM, "What is Genocide?", Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/what-is-genocide(確実)
- United Nations Office on Genocide Prevention and the Responsibility to Protect, "Definitions of Genocide and Related Crimes" https://www.un.org/en/genocide-prevention/definition(確実)
- USHMM, "'Final Solution': Overview", Holocaust Encyclopedia https://encyclopedia.ushmm.org/content/en/article/final-solution-overview(確実)