1904年〜1908年
ヘレロ・ナマの虐殺
Herero and Nama genocide
経緯
1904年1月、ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア)でヘレロ人が蜂起し、ドイツ保護軍は戦争でこれに応えた。8月のウォーターベルクの戦いのあと、ヘレロ人の多くは水のないオマヘケ砂地へ追い込まれて死に、生き残った人びとは収容所で強制労働を課された。同じ年にはナマ人もドイツに対して武器を取り、ヘレロ人とナマ人はどちらも人口の大きな部分を失った。ドイツ政府は2021年、この出来事を「今日の見方ではジェノサイド」と呼ぶと表明したが、賠償の扱いと当事者の参加をめぐる争いは続いている1,2。

背景
ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア)は、ドイツ帝国の植民地だった。ヘレロ人の最高首長はサミュエル・マハレロである。1904年1月12日、ヘレロ人が蜂起し、入植者ら100人超が死んだ3,4。ドイツ保護軍はこれを戦争で押さえ込もうとした。
経過
8月11日、ウォーターベルク(ハマカリの水場)で戦いがあり、ヘレロ人は包囲を破って南東のオマヘケへ退いた3,4。保護軍の司令官ロタール・フォン・トロータは、8月のうちに水場へ警戒線を張る命令を出して、退路を断った3。8月21日には、マハレロの首に5000マルクの懸賞がかけられた3。10月2日、トロータはヘレロ人にあてた布告を読み上げた。ドイツ領内のヘレロ人は銃の有無にかかわらず撃つ、女と子どもは追い返すか撃つ、という内容である3。
同じ10月、ナマの首長ヘンドリク・ウィトブーイに率いられたナマ人が、ドイツに対して武器を取った5。12月に布告は撤回され、生き残った人びとは収容所に入れられた。12月11日には宰相ビューローが、公式に「強制収容所」の語を使った4,5。ウィトブーイは1905年10月29日に戦傷で死に、ヤコブ・マレンゴとシモン・コッパーが戦いを引き継いだ5。
被害
ウォーターベルクのあと、ヘレロ人の多くは水のないオマヘケ砂地へ追い込まれ、多くがそこで死んだ3,4。収容所に入れられた人びとは、強制労働を課された。収容所と強制労働のもとでも多くが死んだことは、この出来事をジェノサイドと呼ぶ範囲をめぐる議論に含まれている6。
ヘレロ人とナマ人は、この戦争で人口の大きな部分を失った。数は次の節で述べる。
認定と謝罪、交渉
1985年、国連の差別防止・少数者保護小委員会に出されたウィテカー報告は、1904年のヘレロ人の虐殺を、20世紀のジェノサイドの例に挙げた7。2004年8月14日、ドイツのヴィチョレク=ツォイル開発協力相はオカカララの式典で謝罪の演説をしたが、賠償は否定した。2015年7月には、連邦議会議長と外務省が「ジェノサイド」の語を使ったが、連邦政府はなおその語を避けていた4。
2015年から両国政府の交渉が続き、2018年には頭骨などの遺骨がドイツからナミビアへ返された2。2021年5月、両国の特使が共同宣言案に仮署名した2,8。5月28日、ドイツのマース外相は、当時の出来事を「今日の見方ではジェノサイド」と呼ぶと発表した。あわせて30年間で1.1億ユーロの支援を示したが、法的な賠償請求の道は開かないとした1。
2022年7月、ナミビア政府は追加文書による宣言の改定をドイツに求め、10月に副大統領がこれを公表した9。2025年11月の政府間協議では約4380万ユーロの借款・贈与が約束され、交渉は続くとドイツ外務省は記している8。
死者の数をどう数えるか
ヘレロ人の死者数は、戦前と後の人口の比較で推し量られてきた。数は資料ごとに異なり、ヘレロ人だけか、ナマ人も含むか、戦闘での死者のほか、逃亡、収容所での死、出生の減りを含む人口の減りか、という範囲の違いがある。範囲の違う数は、足し合わせることも、平均することもできない。
ウィテカー報告は、約8万人のヘレロ人が約1.5万人に減ったとし、脚注では4分の3が殺されたと記す7。連邦議会学術局が引く研究も、戦前約8万人、1911年までに約1.5万人とする4。2021年のドイツ外相の発表を伝える報道は、ヘレロ人6万人以上、ナマ人約1万人とし1、別の報道は、約8万人のうち約6.5万人、約2万人のうち約1万人とする2。学術解説は、ヘレロ人5万〜6.5万人、ナマ人約1万人とまとめる10。ヘレロ側の団体の代表は、人口の80%が失われたと述べている11。
記憶と論争
「今日の見方では」という言い回しには、批判がある。1948年のジェノサイド条約は当時存在せず、遡って適用されないため、連邦議会学術局は、ドイツの認定は法的な効果でなく道義的な効果にとどまると整理する4。ヘレロ側の代表は、この言い回しが責任を弱めると批判している11。
布告の意図について、ゲヴァルトは、ウォーターベルク後の砂地への追い込みと10月2日の布告、トロータが同じ日の手紙で、民族として滅ぼすと書いたことを、殲滅の意図の証拠とする3。一方で、皇帝、宰相、議会が布告を和らげた経過もある3,5。宣言は賠償でなく開発支援の枠でまとめられ、ヘレロ人とナマ人の伝統的な代表が交渉から外されたと主張されている。ナミビアの高等法院には、宣言の適法性を争う訴えがある10。ヘレロ・ナマの出来事とホロコーストの連続性をめぐっては、国際的な論争がある12。
1970〜80年代のドイツ語圏には、布告は偽造か誤解だとする主張が出た。ゲヴァルトは1994年に、ボツワナ国立公文書館にあるヘレロ語の布告と、トロータ自身の手紙を示して、これを退けた3。連邦議会学術局は、死者数を大きく少なく見積もる修正主義者がいるとも記している6。
死者数の諸説
| 推計した人・機関 | 推計 | 算定の根拠・数えた範囲 |
|---|---|---|
| 学術解説(The Conversation、2025年)10 | ヘレロ人5万〜6.5万人、ナマ人約1万人 | 研究の総括。ヘレロ人は人口の約3分の2、ナマ人は約3分の1にあたるとする。 |
| ドイツ外相の発表を伝える報道(アルジャジーラ、2021年)1 | ヘレロ人6万人以上、ナマ人約1万人 | 1904〜1908年。報道による要約で、研究者の推計そのものではない。 |
| 国連ウィテカー報告(1985年)7 | 約8万人が約1.5万人に減る(脚注に「4分の3が殺された」) | ヘレロ人、1904〜1907年ごろ。既存研究の要約で、人口の減りを示す。 |
| 連邦議会学術局が引く研究(2016年)4 | 戦前約8万人、1911年までに約1.5万人 | ヘレロ人。二次文献の引用にもとづく人口の比較。 |
| ドイツ外相の発表を伝える別の報道(タイムズ・ライブ、2021年)2 | ヘレロ人約6.5万人(約8万人のうち)、ナマ人約1万人(約2万人のうち) | 報道による要約。もとになった研究は示されていない。 |
| オヴァヘレロ・ジェノサイド財団の代表(2026年)11 | ヘレロ人の人口の80% | 当事者団体の代表の発言で、研究による推計ではない。 |
出典
- "Germany recognises colonial-era massacres in Namibia as genocide", Al Jazeera, 2021年5月28日 https://aljazeera.com/news/2021/5/28/germany-recognises-colonial-era-massacres-in-namibia-as-genocide(確実)
- "Germany to atone for Namibian colonial horrors with a billion euros of projects", TimesLive, 2021年5月28日 https://www.timeslive.co.za/news/africa/2021-05-28-germany-to-atone-for-namibian-colonial-horrors-with-a-billion-euros-of-projects/(確実)
- J.-B. Gewald, "The great General of the Kaiser", Botswana Notes and Records 26 (1994), pp. 67-76 https://hdl.handle.net/1887/4819(確実)
- ドイツ連邦議会学術局『ドイツ領南西アフリカにおけるヘレロ・ナマの蜂起(1904〜1908):国際法上の含意と賠償責任』WD 2-3000-112/16、2016年 https://www.bundestag.de/resource/blob/478060/28786b58a9c7ae7c6ef358b19ee9f1f0/WD-2-112-16-pdf-data.pdf(確実)
- ドイツ歴史博物館LeMO「ヘレロ戦争1904」「ナマの抵抗」 https://www.dhm.de/lemo/kapitel/kaiserreich/aussenpolitik/herero-krieg-1904(確実)
- ドイツ連邦議会学術局『ドイツの植民地期のナミビアについて:歴史・記憶文化・取り組み』WD 1-3000-069/13、2016年版 https://www.bundestag.de/resource/blob/405272/fc16f05eb5fea3b4da9ece62b7c3abef/WD-1-069-13-pdf.pdf(確実)
- 国連人権委員会差別防止・少数者保護小委員会、B. Whitaker「ジェノサイド罪の防止・処罰に関する改訂・更新報告」E/CN.4/Sub.2/1985/6、1985年7月2日 https://www.armenian-genocide.org/Affirmation.169/current_category.6/affirmation_detail.html(要確認)
- ドイツ外務省「ドイツとナミビア:二国間関係」 https://www.auswaertiges-amt.de/de/service/laender/namibia-node/bilateral-208320(確実)
- "Namibia asks Germany to negotiate genocide deal", JusticeInfo.net, 2022年10月27日 https://www.justiceinfo.net/en?p=108190(確実)
- "Germany's genocide in Namibia: deal between the two governments falls short of delivering justice", The Conversation, 2025年1月 https://theconversation.com/germanys-genocide-in-namibia-deal-between-the-two-governments-falls-short-of-delivering-justice-246719(確実)
- Rosa-Luxemburg-Stiftung, ナンディウアソラ・マゼインゴ(オヴァヘレロ・ジェノサイド財団)へのインタビュー、2026年8月10日 https://www.rosalux.de/en/news/id/55102/ovaherero-germanys-billions-arent-reparations-1(確実)
- 副島美由紀「ドイツの植民地ジェノサイドとホロコーストの比較論争:ナミビアにおける『ヘレロ・ナマの蜂起』を巡って」『小樽商科大学人文研究』119号、2010年、89-133頁 http://hdl.handle.net/10252/4075(確実)